その日は、なんとなく気分がホルモンだった。
焼肉じゃない。カルビじゃない。
ホルモン、あのちょっとクセがあって、噛み応えがあって、
人を選ぶやつ。
焼酎と一緒にやりたいと思った。
ビールじゃなくて、ハイボールでもなくて、
焼酎、それも芋。
駅前の通りを歩きながら、
前から気になっていた「ホルモン専門」の赤ちょうちんを見つける。
名前は覚えていない。
ただ、のれんの「もつ焼き」の文字と、
煙のにおいが決め手だった。
カウンターにひとり。
テーブル席では会社帰りの3人組が盛り上がっている。
隣は、おじさんがひとり黙々と七輪を見つめていた。
「お一人様?どうぞ~」
店員の声が優しくて、少し緊張がほどけた。
まずは「シロ」と「レバー」、それに「ガツ」。
飲み物は、芋焼酎のお湯割りをお願いした。
寒い夜だったから、あったかい焼酎が染みる。
七輪に火が入り、
鉄網の上でホルモンたちがジュウッと音を立てる。
煙が目に入って、涙が出そうになるけど、
それも含めてホルモンの洗礼。
焼きながら思った。
こんなふうに、誰にも話しかけられずに、
自分のペースで肉をひっくり返して、
焼酎をちびちびやる夜。
たぶん、今のわたしにはちょうどいい。
レバーにタレが絡んで、焦げ目がついてきた頃、
隣のおじさんがちょっとだけ話しかけてきた。
「それ、うまいよ。レバー、タレが正解。」
「そうなんですね。」
会話は、それだけ。
でも、うれしかった。
たぶん、この店には、
“ひとりで来る人に優しい空気”が流れてる。
焼酎は2杯目。
口の中に広がるホルモンの脂を、
じんわりお湯割りが流してくれる。
焼酎の香りと煙の香りがまざって、
もうなんだかよくわからないけど、
それがちょうどよかった。
誰かと来ても楽しいだろうけど、
「うまいね!」って言い合うよりも、
「うまいな…」って黙ってつぶやける夜のほうが、
今はありがたい。
帰り道、ちょっとだけホルモン臭が服についた。
でもそれすら、どこか愛しく思えた。
この夜の記憶を、
焼酎の余韻と一緒に持って帰れるような気がしたから。
また行こう。
ホルモン、焼酎、そして、ひとり。