1人、フルキャスト、ゴールデンウィークは一瞬で終わる

投稿者: | 2025年4月28日

ゴールデンウィーク前日、僕はフルキャストからメールを受け取った。
「明日、急募!イベント設営スタッフ募集!」
時給は悪くない。予定も特にない。迷ったふりをして、即応募した。

当日朝7時、都内の小さな倉庫前に集合。
知らない顔、知らない声、知らない空気。
いつものことだ。
これが、”1人フルキャスト”の流儀だと思っている。

朝礼で指示を受け、作業開始。
今日は大型イベントの設営らしい。
パイプ椅子を並べ、ステージを組み、仮設テントを立てる。
単純作業。でも、油断するとすぐ怒られる。
リーダーらしい社員が、冷たい目で細かいミスを指摘してくる。
「はい、もっと早く!」「そこ違うよ、確認して!」

GW初日の朝は、汗だくで始まった。

隣にいた20代後半くらいの男性が、ふと話しかけてきた。
「1人ですか?」
「ええ、まぁ」
「自分もです。こういうの、慣れました?」

「まぁ、ぼちぼち」と僕は答えた。
話しても、結局、その場限りの仲間だ。
だから深くは聞かないし、聞かれたくもない。

昼休憩。支給された弁当を食べながら、青空を見上げた。
隣ではスマホでYouTubeを流す人、ひたすら寝ている人、
誰もがそれぞれの”孤独”を抱えているようだった。

午後も、力仕事は続いた。
体中の筋肉がギシギシときしむ。
でも、時計を見ると、まだ14時。
「あと3時間、3時間だけ」
心の中でそう繰り返しながら、黙々と手を動かす。

16時すぎ、トラブルが起きた。
運び込んだステージパーツの一部が破損していた。
社員たちが慌て始める。
僕らバイトは、ただ指示を待つしかない。

「悪いけど、残業頼める人いる?」

リーダーの声が現場に響く。
一瞬、空気が凍った。
「今日、次のバイトあるんで!」
「すみません、家族の用事が…!」

周囲のバイトたちが次々と理由を並べて逃げていく。
僕も、正直、帰りたかった。
でも、口が勝手に動いていた。

「大丈夫です。残れます。」

言ってしまった自分を、少しだけ呪った。

結局、現場を離れたのは夜の8時を回ったころだった。
足元はふらつき、手のひらには豆ができていた。
でも、ポケットにねじ込まれた追加手当の封筒だけが、
かすかな達成感をくれた。

電車に揺られながら、スマホを開くと、
SNSには友人たちの投稿が並んでいた。

「沖縄最高!」「BBQなう!」
「温泉でまったり~!」

心のどこかがチクッとした。
だけど、それ以上は何も思わなかった。

翌日もまた、別の現場に向かった。
今度は屋外フェスの片付けだ。
昨日の疲れが体中に残っているけど、
誰も気にしてはくれない。
現場はただ、早さと正確さだけを求めてくる。

ゴールデンウィークが進むにつれて、
日付の感覚が薄れていった。
朝起きて、現場に行き、作業して、帰る。
それだけを繰り返す。

たまに街中を歩くと、
家族連れやカップルが楽しそうに歩いている。
公園では子供たちの笑い声が響いていた。

「俺、何してんだろうな」

ふと、そんな考えがよぎる。
でも、すぐに打ち消す。
考えても、何も変わらない。

GW最終日。
最後の現場は、駅前のビル清掃だった。
作業服を着て、雑巾を手に、ただひたすら壁を拭く。
シンプルで、むしろ気楽だった。

作業が終わった帰り道、ふと見上げた空は、
5日前と同じように、どこまでも青かった。

でも、心は少しだけ重かった。
あれだけ長いはずのゴールデンウィークが、
気づけば、たった一瞬で終わっていた。

何もしていないわけじゃない。
むしろ、毎日必死だった。
それでも、カレンダーだけが、
無情にページをめくっていく。

家に着いて、ベッドに倒れ込む。
ポケットから、何枚かの封筒が落ちた。
全部、汗と疲労で手に入れたものだ。

「ま、こんなGWも、悪くないか」

誰に聞かせるわけでもない独り言をつぶやいて、
僕はゆっくり目を閉じた。

明日から、また普通の生活が始まる。
特別なことは何もない。
だけど、それもまた、悪くない気がした。

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