ゴールデンウィーク前日、僕はフルキャストからメールを受け取った。
「明日、急募!イベント設営スタッフ募集!」
時給は悪くない。予定も特にない。迷ったふりをして、即応募した。
当日朝7時、都内の小さな倉庫前に集合。
知らない顔、知らない声、知らない空気。
いつものことだ。
これが、”1人フルキャスト”の流儀だと思っている。
朝礼で指示を受け、作業開始。
今日は大型イベントの設営らしい。
パイプ椅子を並べ、ステージを組み、仮設テントを立てる。
単純作業。でも、油断するとすぐ怒られる。
リーダーらしい社員が、冷たい目で細かいミスを指摘してくる。
「はい、もっと早く!」「そこ違うよ、確認して!」
GW初日の朝は、汗だくで始まった。
隣にいた20代後半くらいの男性が、ふと話しかけてきた。
「1人ですか?」
「ええ、まぁ」
「自分もです。こういうの、慣れました?」
「まぁ、ぼちぼち」と僕は答えた。
話しても、結局、その場限りの仲間だ。
だから深くは聞かないし、聞かれたくもない。
昼休憩。支給された弁当を食べながら、青空を見上げた。
隣ではスマホでYouTubeを流す人、ひたすら寝ている人、
誰もがそれぞれの”孤独”を抱えているようだった。
午後も、力仕事は続いた。
体中の筋肉がギシギシときしむ。
でも、時計を見ると、まだ14時。
「あと3時間、3時間だけ」
心の中でそう繰り返しながら、黙々と手を動かす。
16時すぎ、トラブルが起きた。
運び込んだステージパーツの一部が破損していた。
社員たちが慌て始める。
僕らバイトは、ただ指示を待つしかない。
「悪いけど、残業頼める人いる?」
リーダーの声が現場に響く。
一瞬、空気が凍った。
「今日、次のバイトあるんで!」
「すみません、家族の用事が…!」
周囲のバイトたちが次々と理由を並べて逃げていく。
僕も、正直、帰りたかった。
でも、口が勝手に動いていた。
「大丈夫です。残れます。」
言ってしまった自分を、少しだけ呪った。
結局、現場を離れたのは夜の8時を回ったころだった。
足元はふらつき、手のひらには豆ができていた。
でも、ポケットにねじ込まれた追加手当の封筒だけが、
かすかな達成感をくれた。
電車に揺られながら、スマホを開くと、
SNSには友人たちの投稿が並んでいた。
「沖縄最高!」「BBQなう!」
「温泉でまったり~!」
心のどこかがチクッとした。
だけど、それ以上は何も思わなかった。
翌日もまた、別の現場に向かった。
今度は屋外フェスの片付けだ。
昨日の疲れが体中に残っているけど、
誰も気にしてはくれない。
現場はただ、早さと正確さだけを求めてくる。
ゴールデンウィークが進むにつれて、
日付の感覚が薄れていった。
朝起きて、現場に行き、作業して、帰る。
それだけを繰り返す。
たまに街中を歩くと、
家族連れやカップルが楽しそうに歩いている。
公園では子供たちの笑い声が響いていた。
「俺、何してんだろうな」
ふと、そんな考えがよぎる。
でも、すぐに打ち消す。
考えても、何も変わらない。
GW最終日。
最後の現場は、駅前のビル清掃だった。
作業服を着て、雑巾を手に、ただひたすら壁を拭く。
シンプルで、むしろ気楽だった。
作業が終わった帰り道、ふと見上げた空は、
5日前と同じように、どこまでも青かった。
でも、心は少しだけ重かった。
あれだけ長いはずのゴールデンウィークが、
気づけば、たった一瞬で終わっていた。
何もしていないわけじゃない。
むしろ、毎日必死だった。
それでも、カレンダーだけが、
無情にページをめくっていく。
家に着いて、ベッドに倒れ込む。
ポケットから、何枚かの封筒が落ちた。
全部、汗と疲労で手に入れたものだ。
「ま、こんなGWも、悪くないか」
誰に聞かせるわけでもない独り言をつぶやいて、
僕はゆっくり目を閉じた。
明日から、また普通の生活が始まる。
特別なことは何もない。
だけど、それもまた、悪くない気がした。