大学生のときに、万里の長城へ1人旅した話

投稿者: | 2025年4月28日

大学3年の春休み。
僕は初めて海外へ1人旅に出た。
行き先は中国・北京、そして憧れの「万里の長城」。
世界遺産に惹かれたのもあるが、何より「世界の果てまで行ってみたい」という若さ特有の衝動に突き動かされていた。

成田から北京までのフライトは約4時間。
初めての海外、しかも1人。
緊張で手のひらが汗ばんでいた。
中国語も英語もろくに話せない僕は、ガイドブックだけを頼りにしていた。

北京に着くと、空港は思ったよりも近代的だった。
タクシーに乗る勇気が出ず、空港バスで市内へ向かう。
車窓から見えるのは、灰色のビル群と、途切れなく続く車の列。
日本と似ているようで、何かが違う。
独特の空気の重さ、喧騒、そしてたくましさ。
すべてが新鮮だった。

泊まったのは、安いユースホステル。
英語が少し話せるスタッフがいて、なんとかチェックインできた。
ドミトリーのベッドに荷物を置くと、明日のために早めに寝た。
「明日は、いよいよ万里の長城だ。」

翌朝。
まだ薄暗いうちに起きて、地下鉄とバスを乗り継ぎ、長城の中でも特に有名な「八達嶺(はったつれい)」へ向かった。
地元の人に混じって乗った路線バスは、エアコンもなく、乗客でぎゅうぎゅうだった。
窓から吹き込む砂ぼこり。
車内に流れる、聞き取れない中国語のアナウンス。
でも、それすらも旅情だった。

約2時間、揺られて到着した八達嶺。
バスを降りると、目の前に、夢にまで見た光景が広がった。

山肌に沿って、延々と続く巨大な石の壁。
頂上を目指すように、急勾配をうねりながら伸びている。
「これが、万里の長城……!」

しばらく呆然と立ち尽くした後、チケットを買い、石段を登り始めた。
最初は緩やかだった坂も、次第に急になり、息が上がる。
冬の北京の空気は冷たかったが、すぐに汗ばんできた。
両側には、観光客の中国人たちがわいわいと記念撮影している。
その中で、僕は無言で、黙々と登り続けた。

途中、何度も足を止めた。
振り返ると、はるか彼方まで続く城壁と、かすんだ山並み。
360度に広がる壮大な風景に、胸が震えた。

この長城を作ったのは、何千年も前の人たちだ。
どれだけの労力と時間がかかったのか。
どれだけの思いが、ここに込められているのか。
そんなことを考えると、自分がいかに小さな存在かを思い知らされた。

「人間って、すごいな」

誰に向けるでもなく、そんな言葉がふと口をついた。

一番高い見晴らし台にたどり着くと、遠くから吹きつける冷たい風が顔を打った。
人影も少なく、静寂が広がる。
しばらくその場に立ち尽くしていた。

ポケットから小さなノートを取り出し、思いつくままにメモを書いた。

世界は広い

自分はまだ何者でもない

でも、どこまでも行ける気がする

そんなことを書き連ねた。

帰り道、長城のふもとの売店で肉まんと熱い豆乳を買った。
小さなプラスチックの椅子に座って、それを食べたときの、あの温かさは今でも忘れられない。

日が傾き始める頃、またバスに乗って北京の街へ戻った。
窓から見える夕焼けの中、何も考えず、ただぼんやりとしていた。
体はクタクタだったけれど、心は満たされていた。

1人旅は、孤独だ。
でも、孤独だからこそ、自分と深く向き合える。
誰とも共有できない景色を、誰よりも鮮やかに、自分だけのものにできる。

あのとき、万里の長城の上で見た夕陽。
それは今でも、僕の胸の中に静かに灯り続けている。

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